(2005/02/06) 『団塊の世代とは何だったのか』(由紀草一 洋泉社)を読んだ。
『更新終了後』、隔離分共にどうしても訂正すべきと気づいた点が指摘されていた。
団塊の世代がバブルを生じさせたのではなく、便乗しただけ(という以前に、漫画も、全共闘にしても、ニューミュージックに対しても)。『恋愛バブル』も、昭和50年生の自分よりもうちょっと上の世代と見るべきだろう。
長嶋ファンの中心は、やく氏含めて、(現役時に子供だった)昭和30年代生まれで、団塊の世代や昭和10年代生まれの層ではないことも、隔離分で後日訂正する。
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また、『週刊SPA!』2005年2月1日号は、『誤解と偏見の[オタク迫害]に異議アリ!』と題し、昨年の事件に関する一部報道への批判や、秋葉原でのノルマ稼ぎのための警察官による職務質問多発について、異議を唱える記事があったことを付記しておく。
アニメ・ゲームには自主規制はあっても、実写ドラマに対する規制はそこまでされていないのも事実である。(2時間サスペンスものも見るゆえ、その差は顕著に感じる。)
(追加終了)
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現在、4コマ雑誌でストーリーもの原作を担当しては、『つまらない』との評ばかり。
しかし、10数年前は、この作家の漫画を原作にしたドラマが大ヒット。
でもって、『シニア・ポスト』にて、『子供に金を残すな』とのたまった、「女とヤッては、出世街道まっしぐら」、なおめでたいモン描いてる、『団塊の世代』の方。
夫婦ですが。
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長山靖生氏の著書読んで、また腹の虫納まらず(というか「今年の汚れ、今年のうち〜に♪」状態)。
日本の技術大国の背景には、蓄積された企業内ノウハウの共有化があった。
だが、それでは日本企業における上司の後輩教育が、本当に意味あるものなのかというと、かなり疑問が残る。
先に引用した紀田順一郎氏のケース(管理人注・紀田氏の『読書戦争』から、氏のサラリーマン経験を著した部分)でいえば、部下に麻雀を強要する上司は、けっきょく、自分の趣味や娯楽に、部下を巻き込んでいるというだけのことだ。それは官官接待ならぬ社内接待である。そして厳密にいえば、それは会社の資産である社員の労働力を、上司が私的に流用しているという点で、業務上横領にほかならない。そのようにして浪費された労働力は、本来なら株主や顧客が受け取るべき会社の利益からの配当金、あるいは製品の低コスト化といった利益還元に供せられるべきものであり、それらを食い物にする「社内の人間関係の潤滑油」は、長い目で見て、日本経済を衰退させたひとつの要因だった。
その接待が社外に向いていたとしても、意味するところは同じである。
製品の善し悪しで勝負すべきところを、接待攻勢によって受注を獲得し、コネで売り込むという態度は、真の意味での企業の生産性を低下させた。そうやって直接的な生産性ある「仕事」以外に、いかに多くの労働力が食いつぶされたことだろう。そのような潤滑油主義こそは、日本企業最大の癌だった。
男たちは(今ではワーキングウーマンも、同じことをいうのかもしれないが)、こうしたつき合いもまた、仕事だという。だが、そんな潤滑油だらけの上滑りした油ギトギトの回転がバブル経済を生み、それがはじけたのが日本の現状だ、と私は思っている。
(『若者はなぜ「決められない」か』 p52-53)
あ〜これ、来週の日曜日に会長が生放送特番に出る、公共放送局のことっすか?
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今年珍しく『週刊SPA!』を立ち読みしたのが、2004年8月10日-8月17日号。
読んだ人だけ救われる――
総力ワイド 30歳[最悪の近未来シミュレーション]20連発!!
・団塊世代引退後のリストラ最有力候補
・元本割れの年金は更に半額の可能性大
・消費税20%か国家破産かの二者択一
シャレになってねええ〜っ!(てか自分の世代だ)。
購買層から風俗関係もあるが、それはさておき。
記事の内容としては、『団塊の世代』のツケを、『団塊ジュニア』に押し付けたまま、放置!
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そんなこんなも、バブルがはじけたことで『団塊の世代』が目指した『未来』が、結局はその性質故、破綻すべくして破綻したからだが。
だが、そのノリで今も漫画の仕事をしてるおめでたい夫婦を、明治大学の先生方が斬っておりまして。
小谷野: (中略) 柴門ふみの世界。柴門ふみを私は不倶戴天の仇だと思う。(爆笑)
齋藤: (中略) あれ、弘兼憲史でしたっけ?あれと夫婦でしょ。夫婦で大衆を食いまくってますよね。
最高、この対談♪
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『島耕作』シリーズは、10月29日分で書いたように、せいぜい東アジア圏どまり。(まあ、中国も韓国もかつての日本の映し鏡であるんだが)。柴門ふみ作品も、同様。
もともとあの時代、自分はトレンディドラマにさほど興味が無く(今の『韓流』も含め)、今もミステリー2時間が主なんで、『対象外』ではある。
自分が『恋愛そのものが不可能』、てのもあるんだが。
『だってドラマなんだし』と割り切れていりゃいいが、『現実の恋愛もそうでなくちゃ』、って圧力でもあったんか?というと、メディアがそうしてたわけで。
むしろ、アニメ・漫画よりも、そっちのほうがタチ悪ぃと思う。確かに弘兼・柴門夫婦は『漫画家』だが、作品のドラマ化率考えると、そっちにシフトしているし。
それ言ったら、近松門左衛門の『心中物』の影響で、心中事件が続発したとして、1723年に『心中物上演禁止令』が出されているのだが、
徳川吉宗(松平健『暴れん坊将軍』はあくまでフィクションです)の『享保の改革』が言論統制を伴ったものであるので、その一環ってのが正しい。
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さて、先ほどの『SPA!』、齋藤・小谷野両氏が斬ってまして。
齋藤: あっ、でも『SPA!』とそれはけっこう連動してますよね。「ボクらの会社日記」みたいな感じでしょ。うーん。あれはでも結構前から、要するに、学生のぼくらがそのまんまぼくらのまんま会社に入っちゃったぼくらはどうしよう。古い体質にはついて行けないぼくたちは、ってんで20代、30代ってこう来てるんで、今度リストラ対象の30代の彼らになってるよねえ。おんなじやつがずっとね、ぼくらくらいの歳かそれよりちょっと下くらいじゃないかと思うんだけど、あれはひとつその恋愛バブルというか。
小谷野: まあだから、『SPA!』だけじゃなくて、セックスできれいになるとか言っている『an-an』も消えてもらって。
『バブル経済』の担い手の子供は、『恋愛バブル』の担い手だった、てことなんかい。
で、普段から美容院以外ではほとんど女性誌を読まず、『恋愛バブル』に全く縁の無かった『負け犬』の自分は愚痴をブログに垂れ流すのだ。
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小谷野氏、漱石・シェイクスピア手がけているが、どうも何かしらイギリス関係になってるような。
で、その漱石の孫、大学の講義も収録されている、『マンガはなぜ面白いのか』で、江川達也氏の描く女性を、『あれじゃ菩薩』だとして斬っていた。
それにな、自分『団塊』を素で『団魂』と間違えてて、変換しようとするとアレが出ちゃうんだよ。…結局そういうことかい。
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(夜11時追加) 『SPA!』は斬ったものの、齋藤氏、
倉田氏と共著、『喫茶店で2時間もたない男とはつきあうな!』(集英社)を出している。ただ、この本、Amazon でのカスタマーレビュー、個人著に比べて評価が低い。
仕事をする相手は選びましょう、ってか?